Discovery ディスカバリー(3)
銃声は鳴りやむのか

  1945年8月、日本は第二次世界大戦の幕を敗戦で閉じました。それから半世紀、日本は平和そのもの、諸国の内戦などもはるか遠くで行われていることのようで現実味がありません。日本はますます平和になっていくのでしょうか。しかし世界の歴史を振り返ると、必ずしも安心していられるとは限りません。

 世界的な軍縮団体の「ワールドプライオリティーズ」などの報告によりますと、世界の戦争の回数は内戦も含めて18世紀には68回、19世紀には205回だったものが、20世紀に入って9880万回に激増しています。さらに民間人の犠牲者の割合は、第一次大戦当時わずか5パーセントだったものが、第二次大戦で50パーセントに増え、最近では80〜90パーセントに達しています。

 第二次大戦最後の感激的なエピソ−ドに「エルベの誓い」があります。第二次大戦末期、東から進撃した旧ソ連軍と、ノルマンディー上陸後西からドイツを目指した米軍が、1945年4月25日、ベルリン南方20キロメートルのエルベ河畔のトルガウ村で合流しました。当時同盟国同士だった米軍と旧ソ連軍の兵士たちが、ドイツのエルベ川の中流トルガウ付近の壊れた橋の上で手を握り「この戦争が終わったら、もう二度とこんな不幸なことが起きないようにしよう」と互いに熱く誓い合ったのです。このニュースは世界中に伝えられ、全世界の国民を感動させました。これによりベルリン包囲網が完成し、やがてドイツ軍は降伏し、あの熾烈を極めた戦争は終わったのです。

  ところがその数年後、朝鮮半島を舞台に国土と国民を血を流しながら南北に引き裂いたのは、他でもないアメリカと旧ソ連軍だったのです。それから、アメリカを中心とする民主主義国と旧ソ連軍を中心とする共産国が世界を二分し、敵対することになりました。その結果、ベトナム戦争やキューバ危機など世界を震撼(しんかん)させる紛争が起きました。両国の核競争を背景に、冷戦とよばれる緊張状態が続いたのです。

  その後冷戦は終わり、世界は和解ムードに包まれていますが、民族浄化という民主主義、つまり他民族を殺害追放するセルビア戦争が始まっています。

 文明が進めば進ほど戦争がなくなると思っていた近代の思想とは裏腹に、血で血を洗う紛争は続き、今も銃声は鳴りやまないのはどうしてでしょうか。

 こうしたことの根本的な原因は「自分さえよければ他人はどうなってもかまわない」という人間の自己中心性にあるのではないでしょうか。戦争も差別も、飢餓もそのすべての根は一つ、つまり人間の罪深さにあるのではないでしょうか。この罪深さを解決して明るく希望に満ちた神の国を与えるために、イエス・キリストは十字架で人類の罪を背負って死なれたのです。




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