Discovery ディスカバリー(3)
まことにこの人は神の子であった

  ポンテオ・ピラトはイエス・キリストの時代、ローマ帝国から遣わされてパレスチナに駐在してユダヤ人を支配していた総督ですが、彼がイエス・キリストについて報告している文章が残されていますので、ご紹介したいと思います。この報告書はメシヤ時代に法廷でつくられた公文書で、現在トルコの聖リピヤ寺院に所蔵されています。50冊に至るこの原本は書記官の手で書かれたもので、その中で彼はイエスと出会い、何を感じ、どう接したかが述べられています。

 エルサレムに着いたピラトはイエスに出会いましたが、このときのことをカイザル陛下に報告しています。

 「ひとりの若い青年がガリラヤ地方に現れました。彼は彼を送った神の名で、新しい戒めを高貴な情熱を持って教えているということでした。私は彼の目的が民衆を扇動してローマ帝国に対抗することではないかと思いましたが、その心配はすぐに一掃されました。

 ある日、私は大勢の群衆が集まっているシロというところを通り過ぎながら、群衆に囲まれているひとりの青年が、木によりかかって立ったまま群衆に向かって静かに語っているのを目撃しました。群衆たちとは格段の違いを現していたので、私は直ちに彼を見つけることができました。彼は30才くらいに見えました。私は今まで、それほど心を引きつけられる平穏な顔を見たことがありませんでした」

 イエスの死後、事件が起こりました。彼の墓が空っぽになっていたのです。イエスの弟子たちはイエス自身が言っていたとおり、死人のうちよりよみがえったと伝えていました。ピラト自身もこのことが事実かどうか調査に乗り出しました。

「墓が空っぽになっているという事実が知れ渡ると大騒動が起こり、私はより大きな心配に包まれました。イシュラムという人を派遣して一部始終を調査させ、どのようなことが起きたかを報告させました。

  兵士たちは柔らかくて美しい光が出るのを見たと話しました。やがてあたり全体がまぶしいほど明るくなり、そこにすでに死んだ大勢の人々が白い衣をまとった姿で現れたのです。彼らはみなことばで表せない喜びに満たされて歓呼しているように見え、同時にその周りと上から、聞いたこともない美しい音楽が聞こえてきて、天と地が神を賛美する声で満ちあふれたと証言しました。またこのとき、地は揺れ動いているようであり、兵士たちは吐き気がして力がなくなって立ち上がれなくなりました。それはまるで、死刑宣告を受けて死んだ状態のようであったと言います。彼らはその後、あまりの恐ろしさに墓に戻れなくなり、祭司にこの出来事を報告しに行きました。すると祭司は次のようにこたえたと言います。『あなたたちが眠っていた間、弟子たちがイエスの死体を盗んで行ったと言ってくれればお金をやる』」

 そしてピラトはこの報告書の最後で、イエス・キリストに対する自分の見解でしめくくっています。

 「彼は犯罪や法律に違反することによって、また誰かを間違いに導いたことによって非難を受けたことはありませんでした。この事実は彼を支持した人々だけでなく、彼に対抗した数多くの人々までも認めております。十字架のかたわらでマルクスが言ったとおり、わたしはまことにこの人は神の子であったと言いたいのであります。

 「百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろな出来事を見て、非常な恐れを感じ、『この方はまことの神の子であった』と言った」

(マタイ27:54)

参/『ピラトの報告書』小牧者出版発行


 

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