Discoveryディスカバリー(2-1)
腐りかけていた心の新生

  『氷点』で一躍有名になった作家の三浦綾子さん。彼女は神を愛し、神のために生きているクリスチャンのお一人でですが、決して簡単に神を信じるに至ったのではありません。彼女にもさまよった時期がありました。

 「私は23歳のとき、7年間の教員生活にピリオドを打ちました。
 退職したのには理由がありました。戦後アメリカ軍が進駐してきて、アメリカの指示に従って教科書のある部分を削除しなければならなくなったのです。『第一ページの2行目から5行目を削除してください』。生徒たちを前にこう言った私は、涙を抑えることができませんでした。子供たちは私のことばどおり、何の疑いも持たずに従うのです。私は『昨日までの教育が正しいのか。それとも今の教育が正しいのか。昨日までの軍隊の姿が正しいのか。あるいは今の混乱状態が正しいのか』と悩むようになりました。教師である以上、その答えを知る責任があると思ったのですが、だれも解答をくれません。『こんな曖昧な考えで講壇に立つことはできない』と思った私は、いっそのこと結婚でもしてしまおうと考えたのです。そして、私は目の前に現れた男性と軽々しく婚約し、もうひとりの男性とも婚約してしまいました。そんな中、私は倒れて入院してしまったのです。肺浸潤(はいしんじゅん)でした。

 入院先でも、私はむなしさの中にありました。異性の友だちをつくり、惰性で生き、死ぬことも考えていました。ところが一人の男性の出現で、私の人生は大きく変化したのです。彼は私が小学生のとき近所に住んでいた上級生でした。優等生であった彼をよく覚えていた私は再会を喜びました。ところが期待にはずれ彼との会話には刺激がなく、失望してしまいました。それは彼がクリスチャンであったからで、どうしても彼の態度が偽善者ぶっているように見えたからです。

 『綾ちゃん、お願いだからまじめに生きてください』。ある日、彼は私を公園に連れて行き、涙を流して私に訴えました。『綾ちゃん、そのままではだめだ。死んでしまう』。そう言って彼は小石を拾い、その石で自分の足を打ち始めたのです。

 彼は私のためにいのちまでもささげて祈ってくれていましたが、私にその気持ちが通じないので、ふがいない自分を罰するためにそうしたのでした。私はそのとき初めて、彼の中に潜む光を見た気がしました。そして人間らしい涙を久しぶりに流したのでした。このことを機に、私はキリスト教に興味を持つようになったのです。

  その後しばらくたって、私はカリエスと診断されました。私は長年の入院生活から自分がカリエスであることは気づいていたのですが、なかなか医者がそのように診断してくれず、やっとレントゲンに映ったときには、すでに歩くことが難しい状態にありました。このとき私は思ったのです。『背骨が結核菌にむしばまれていたのに、ただそれがレントゲンにはっきりと映し出されないがために、こんな体になってしまった。もしこのまま見つからなかったら私の骨は腐って、死ぬのを待つしかなかったのだ』。そう思ったとき、私の目が開かれました。『ああ、私の魂も同じだ。罪の意識がないばかりに、心が腐っていくことを知らず、死に向かっていくのだ』と。

つみのこの身は いま死にて
きみのいさおに よみがえり、
かみのしもべの かずにいる
きよきしるしの バプテスマ。

(賛美歌119番)

 そして私は新しい歩みを始めたのです」

 何が正しく、何が正しくないのかわからずさまよい、むなしい日々を送っていた三浦綾子さんでしたが、ある日自分の魂が罪にむしばまれていることに気づきました。そのままでは朽ち果てていく自分を救う方法は、神のもとに戻ること以外にないことを悟った彼女は、受洗を決意したのです。

 


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