Discoveryディスカバリー(2-2)
3本もある指に感謝します!

  現在、全国はもとより、世界各国を巡って神様のことを宣べ伝えている、田原米子さんという女性がいらっしゃいます。いつも笑顔で、悩み事などないかのようですが、彼女には暗い過去がありました。

 「私は高校生のとき、生きている希望を失ってしまいました。それで昭和30年2月14日、東京の新宿駅で飛び降り自殺をしたのです。

 幼い頃の私はとてもお母さん子でした。ところが、そのお母さんが突然脳溢血(のういっけつ)で倒れ、亡くなってしまったのです。私が中学生のときでした。私は悲しみに打ちひしがれ、高校にはいるとその気持ちをまぎらわすためにスポーツに明け暮れました。父親はそんな私を心配して、お小遣いをたくさんくれました。それでも私の心は満たされず、たばこ、映画、酒、ディスコへと、渇いた心は何か潤いを与えてくれるものを探していました。このようにしてやりたいこと、楽しいことはすべてやってみるのですが、途方もない孤独感とやり切れなさ、そしてさびしさからは開放されないのです。夜ひとり、ベッドの中で涙を流す毎日でした。

 その日も私は学校へは行かず、新宿のスケート場で一日中遊んだ帰りでした。『こんなことが生きているということなのか…』という思いが心によぎったとき、私は線路に身を投げて自殺していました。

 再び目覚めたとき、私は病院のベッドの上でした。そしてその数日後、両足と左手がなく、右手の指3本しかないということを知ったのです。『どうして死なせてくれなかったのよ!』そう言いながら、私は自分が生きていることを呪いました。

 激しく落ち込んでいたあるとき、ふたりの方が病室を訪れました。一人はアメリカ人宣教師のマクリロイという方で、もう一人は通訳として同伴していた日本人の青年で、田原昭肥という方でした。彼らがクリスチャンであることを知らされました、私は口を利きたくありませんでした。『宗教にすがりながら生きることなど、まっぴらごめんだわ』と思っていたのです。私はできる限りこのふたりに冷たく当たり、聞こえないふりや寝ているふりもしました。

 しかし私が驚いたのは、いくら冷たく当たっても、彼らの優しさや親切はまったく変わらないのです。『この人たちが持っているものを私も欲しい……』

私の心はだんだんと変化していきました。あるとき、マクリロイさんがクッキーを持って来てこう言いました。『これは5歳になる娘と妻が朝早くから起きて作ったものです。娘は米子さんのために毎日3度お祈りしています』。それまで自分のことしか考えず、わがまま放題に生きてきた私は再びショックを受けました。『まだ5歳の子供がどうして、そんなに人のことを思いやることができるの?』だんだんと心はクリスチャンに対する興味でいっぱいになっていきました。

  それから3ヶ月ほどたったときです。今度は彼らはメッセージテープを携えてやってきました。『イエス・キリストはあなたをほんとうに愛しています。そのままのあなたを愛しているのです…』。メッセージを聞いているうちに、たとえだまされたとしても、このイエス・キリストという方に賭けてみようか、という気持ちが起こってきました。そして祈りました。『神様……』。そう言った途端、私の心につかえていたものがすべてあふれ出てきたかのように、涙が吹き出てきました。続けて出てきたことばは、たった一言『助けて下さい!』でした。翌朝、目覚めた私は思わず『ああ、なんて気持ちがいいのかしら。空がとってもきれい!』と口走っていました。何かが変化していたのです。それから、私は包帯のしてある右手を持ち上げ、それをほどき、3本の指を眺めました。『ああ、3本もある!3本もある!看護婦さん、紙と鉛筆をください!』感激で涙があふれてきました。その日は明らかにそれまでと違っていました。私は傍らにあった聖書を開いてみました。 

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古い者は過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

(・コリント5:17)

 『ああ、そうなんだわ』。私は、神様が私の祈りにこたえてくださったということがわかりました。そのときから、神様を一度たりとも疑うことがなくなりました。またその後、マクリロイさんの通訳をしていた田原青年と結婚に導かれ、現在はその主人とともに、多くの人々に神様の愛を伝えています」

 


 

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