Discoveryディスカバリー(2-3)
恐竜熱風時代
山田先生は好奇心旺盛な幸子ちゃんが投げかけた質問に、冷や汗をかきます。「先生、恐竜は地球にいつ生きていたんですか。チラノサウルスやトリケラトプス、プレシオサウルスのような恐竜は人間と一緒に生きていたんですか?」
映画「ジェラシック・パーク」を観たことがありますか。進化論者が主張しているように、ジェラ紀に栄えたという恐竜は本当に進化して絶滅したのでしょうか。そうではありません。
聖書のヨブ記40章15〜19節には、このように書いてあります。「さあ、河馬(かば)を見よ。これはあなたと並べてわたしが造ったもの、牛のように草を食らう。見よ。その力は腰にあり、その強さは腹の筋にある。尾は杉の木のように垂れ、ももの筋はからみ合っている。骨は青銅の管、肋骨は鉄の棒のようだ。これは神が造られた第一の獣、これを造られた方が、ご自分の剣でこれに近づく」
ここで紹介されている動物のもとの名は「ベヘモット」で、日本語では「河馬」と訳されています。
この巨大な怪物の尾は杉の木のように垂れているとあります。杉の木はレバノンで育った木の一種で、高さが30メートルを超えます。30メートルを超える尾を垂らしているベヘモット、神が創造された生き物の中で、体が一番大きいこの生き物がまさに恐竜です。
つまり恐竜は数千年前に生きていたことになります。聖書の中に恐竜ということばが出てこないのは、そのことばが1841年に初めて使われ、1600年に訳された欽定訳聖書よりも後だったからです。聖書はベヘモットをとおして、正確に恐竜の姿を知らせています。
※創世記1:24,25を読んでみましょう。
神はなぜ善悪の知識の木を造られたのか
神は初め、人間を罪のない完全な存在として創造されました。そして彼に「自由意志」を与えられました。「自由意志」とは選択の可能性があるときに使われることばです。これは神様が人間を自分で決定することのできる、一人の人格者として認めておられたことを意味しています。言い換えれば、アダムとエバは自分の意志で神に従うように創造されたのです。
アダムとエバは神のみことばに従わないこともできました。しかし神はその危険性を甘受して、彼らに自由意志をお与えになったのです。そしてアダムとエバが人格的な存在として創造されたということを示すために、人間には食べることが許されていない、善悪を知るようになる木を造り、園の中央に置かれたのです。
しかしアダムとエバは神がくださったその自由意志を、神のみこころに従うようには用いず、「食べてはならない」と命じられていた木の実を、取って食べてしまったのです。
聖書は人間が神に逆らったこの事件を、人間の最初の罪として記録しています。(参/創世記2:16,17、イザヤ45:7、ヤコブ1:13)
自由意志とは?
1 外部からの制約や拘束を受けず、何かの目的を立てて実行することのできる意志 2 2種類以上の動機に対する選択と、決定は本人が自由にできるという意志 3 神が人間を創造されたときに与えられる意志