|
礼拝説教
2000-03-26 『勇者と臆病者』 (ヨハネ18-15-27)
今日は主イエスの弟子の一人ペテロにスポットライトを当てたいと思います。ローマカトリック教会の総本山である
バチカンにあるサンピエトロ寺院というのは聖ペテロにちなんで建てられた教会です。ピエトロとはイタリア語でペ テロという意味です。礼拝堂の地下にペテロの墓があります。ペテロは重要な聖人であり、人々からも尊敬されてい
ます。彼はローマ皇帝ネロによる迫害の時に、十字架につけられて殺されました。伝説によると、その十字架刑のと きに、ペテロは、ふつうに十字架にかけられたのでは主イエスと同じになる。それはもったいないと言って、頭を下
にした逆さ十字架で殺されたそうです。ところが、そのように勇敢で偉大なクリスチャンであったペテロも最初から そうであったわけではありません。主イエスとともに生き、主イエスの愛と期待を受けたときに彼は変えられました
。その姿を見てみましょう。
人間の弱さを知っておられる主イエス
イエス・キリストは、弟子の一人イスカリオテのユダによって裏切られたために、祈りをしていたゲッセマネの園で 逮捕されてしまいました。ユダはユダヤ人の警備隊と、ローマの兵隊を600人も連れて、物々しい状態の中でイエス
を裏切って逮捕させました。その時、聖書には、「弟子たちがみなイエスを見捨てて逃げてしまった。」と書かれています。でも、よく考えると不思議です。こんなに大勢の兵隊がイエスを捕まえに来ていたのに、どうやって仲間の
11人の弟子が逃げられたんだろうということです。これは先々週お話しましたが、実はイエス様ご自身が捕まえに来た人たちに弟子たちを逃がしてやってほしいと言われたのです。彼らはみなイエスを見捨てて逃げました。主イエス
は弟子たちが弱い人間であることを知っておられました。マルコの福音書14章27節を見ると、イエスは弟子たちに言われています。「あなたがたはみなつまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると羊は散り散りになる。』と書いてありますから。」3年半生活をともにしていろいろと教え、様々な力ある業を弟子たちに見せておられましたが、弟
子たちは、主イエスが一番弟子たちを必要とされる十字架にかかるときに、イエスを見捨てたのです。主イエスはど のような気持ちだったでしょうね。ところが、主イエスは弟子たちを責めたり、しかったり、「役立たず!」と見捨てることはされませんでした。人間が主イエスを見捨てることはあっても、主が私たちを見捨てることは決してない
のです。
そのイエスの言葉に対してペテロはどう答えたでしょうか。マルコ14章29節「するとペテロがイエスに言った。『たとい全部の者がつまずいても、わたしはつまずきません。』彼は、他の仲間はつまずくかも知れないけど自分は絶対
つまずかないと、自分の信仰、自分の勇気に自信がありました。主イエスから「あなたは今夜鶏が二度鳴く前にわた しを知らないと三度言います。」と言われると、ペテロは「あなたのためなら、私は死ぬ
ことも恐くはありません。 」と力を込めて言いました。他の弟子も同じ事を言いました。しかし、人間の勇気、人間の決意には限界があるので す。ペテロは結局、この決意を実行することができませんでした。ペテロは一生忘れることのできない失敗をするこ
とになるのです。しかし、私たちはペテロを批判することができるでしょうか。ペテロを笑うことができるでしょう か。私たちもペテロと全く同じ弱さを持っているのではないでしょうか。
イエスの告白
主イエスは逮捕されるとユダヤ社会の最高責任者である大祭司の家に連れて行かれました。裁判が行われるからでし た。その裁判は木曜日の夜中に開かれました。そこにはユダヤの全議会が集まっていました。この議会とは日本の国
会のようなもので、大祭司が議長を務めていました。ところで、ユダヤの規定では裁判は日中にしなければならない のですが、一刻も早くイエスを十字架にかけたいと思っていた人たちは無理矢理夜中に議会を開きました。これは公
正な裁判を開くのが目的ではなく、イエスを十字架につけるための裁判でした。マルコ14章55-56節に「祭司長たち と全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。イエ
スに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである。」と書かれているところを見ると、これが無茶苦 茶な裁判であったことは確かです。しかし、主は逃げることも、自分を弁護することもなさいません。そして61節で
議長の大祭司から「あなたはキリスト、つまり旧約聖書に約束されている救い主ですか。」と尋ねられたとき、自分に不利になることは分かっておられたでしょうが、はっきりと「わたしがそれです。」と告白されました。これを聞
いて議会全員が主イエスを死刑に定めました。彼らは自分の服を引き裂いて怒りを表わしました。65節にあるように 、彼らはイエスの顔につばを吐き掛け、顔を覆ってこぶしで殴り、軽蔑する言葉を吐いたり平手で叩いたり、公正な
裁判するはずの場所が憎しみに狂った場所になってししまいました。そのような中で主イエスはどのような態度を取 られたでしょうか。1ペテロ2章23-24節を読みましょう。「キリストは、ののしられてもののしり返さず、苦しめら
れてもおどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪を その身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」キリストの十字架は敗北の十字架ではありません。主イエスが勇敢に自分から選ばれた道でした。それは私たちが新しく、喜びと感謝をもって正しい生き方をするためでした。主はペテロの人生が
変わるためにも進んで十字架にかかられたのです。
ペテロの失敗
さて、主イエスが逮捕されたときに、他の弟子たちは逃げました。ペテロも逃げたのですが、彼は主イエスを完全に 見捨てることができず、途中からイエスの後をそっと追いかけ始めました。ヨハネと思われるもう一人の弟子も一緒
でした。14章の54節「ペテロは、遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まではいって行った。そして 、役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた。」主イエスが大祭司の家の中で裁判を受けている間、ペテロ
は大祭司の庭の中にいました。当時、金持ちの家は、真ん中にかなり広い庭があって、それを囲むように家が建って いました。そして全ての部屋が中庭に向いて窓が作られていました。その中にいる人は、すべて主イエスを何とかし
て十字架にかけて殺したいと願っていた人たちばかりです。ペテロは、敵の檻の中に入って行くようなものです。彼 は大胆にもその中に入って行きました。これはかなり勇気がいることです。
この中庭の中で、大祭司の女中ににらまれます。ペテロは主イエスの12弟子のリーダーとして常に先頭に立っていま したから、他の弟子たちよりも目立っていたのでしょう。この女中はペテロの顔を覚えていたようです。「あなたも
あのイエスをいっしょにいたでしょう。」と疑われたのです。彼は「何の話だ」ととぼけてごまかしています。そう いいながら出口の方へ行きました。いざと言うときのためにもう少し安全な所へ移動しました。でも、本当に彼が臆
病だったら、さっさと外へ逃げて行ったはずですが、彼は、何とか出口近くに踏みとどまりました。きっとペテロの 心の中で葛藤があったでしょうね。逃げ出して安全な所にいきたい気持ちと、主イエスを思う愛のゆえにとどまっていたいう気持ちで揺れていたのです。
ところがこの女中は、大祭司の女中ですから、きっと彼女もイエスを目の敵にしていたんでしょうね。簡単にはあきらめないんです。それで、その女中は周りにいた人たちに「この人はあの仲間です。」と言い出しました。ペテロは
焦ったでしょうね。さっきは一人から尋ねられただけでしたが、今度は、大勢の人にばれそうになったからです。思 わず、彼は「そんな人は知らない」と言ったのですが、つい、方言が出てしまったんですね。「すんなやつ、すらねえだ。」みたいに言ったんでしょうね。彼が都エルサレムの人間ではなくて北のガリラヤ地方出身だということがばれてしまいました。ガリラヤ人はつよいなまりがありましたので、当時の礼拝では、ガリラヤ人はユダヤ教の礼拝の
最後に祝福の祈りをするのが禁じられていたそうです。そうなると、こんどはペテロのそばに立っていた人たちが「 確かに、お前はあの仲間だ。お前はガリラヤ人だからな。」と言ったのです。主イエスは、神としての働きを始める
まではガリラヤ地方のナザレという町に住んでいました。ですからよく主イエスのことを「ガリラヤの人」とか「ナ ザレのイエス」とか人は呼んでいました。すると、3回目には、ペテロはのろいをかけて誓い始めたと書かれています
。そして言いました。リビングバイブル訳ではこう書かれています。「そんな男のことなんか知るもんか。これがうそなら、どんな罰があたってもかまわないぞ。」
すると、まさにその時、鶏が二度目に鳴きました。その時、ペテロはイエスが「鶏が二度鳴く前に、あなたは私を知 らないと三度言います」と言われた主イエスの言葉を思い出しました。そのとき、イエスを知らないと言った自分が
悲しくてペテロは外に出て激しく泣きました。彼は、確かに主イエスを愛していました。ですから、主イエスに「私 は死んでもあなたに従います」と誓ったときも心から誓いました。イエスが逮捕された時に敵の人間に向ってただ一
人剣をぬいた時も何とかイエスを守ろうとしたからでした。主が逮捕されたときに、他の弟子たちが一目散で逃げて 行ったときも、イエスのあとをそっと着けていったのも、彼が主を心から慕っていたからでした。彼はイエスを愛していたのですが、最後の最後で、自分を守ろうとする誘惑に打ち勝てなかったのです。
結論
イエスは失敗だらけのペテロを愛していました。彼の心の中を全部知っていました。ですから、ペテロが敵に囲まれてものすごいプレッシャーを感じたために主イエスを3度知らないと言ったときも、主イエスは、それが真実のペテロではないと見てくださいました。私たちの弱さを知っておられる主イエスは、私たちの失敗をも許し、なおも愛してくださいます。この出来事の後、ペテロは眠ることもできないほどに落ち込んでいたことでしょう。弟子の中のリー
ダーであったペテロが、これから一生後ろ指をさされて生きていかなければならないのです。事実、言い伝えによる と、当時ペテロが街を通ると、子どもたちまでが「コケコッコー」と鶏が鳴くまねをしたそうです。ペテロはその声を聞いてどれほど悲しく辛かったことでしょうか。しかし、主イエスはペテロを立て直されました。復活された後、
主は弟子たちに現われたのですが、そのことを天使が告げる場面があります。イエスの墓を見に来た女性達が墓が空 っぽなのを見てびっくりしていると、天使が現われて彼女たちに言いました。マルコ16章7節です。「ですから行っ
て、お弟子たちとペテロに『イエスはあなたがたより先にガリラヤへ行かれます。前に言われたとおり、そこでお会 いできます。』」天使は11人の弟子たちなのに、わざわざ「弟子たちとペテロに」とペテロの名前を言っています。
また、4月にまた語りますが、復活された主イエスは、弟子たちと食事をした後に、他の弟子たちの前でぺテロに言われました。大失敗したペテロに「わたしの小羊を飼いなさい」と教会の働きを止めないで続けるように言われたので
す。主イエスはご自身がペテロの失敗を許し、もう一度大切な働きに任命することを他の弟子たちの前で公に宣言されたのです。この後ペテロは変わりました。ペンテコステという日には、ペテロの説教を聞いて一日で3000人の人が
主イエス・キリストを信じたと書かれています。そして最初に言ったように、彼は、勇敢にもネロ皇帝の時に、堂々と殉教して行きました。
ペテロは不完全な男でした。勇気はありましたが限界がありました。しかし、このイエスとの交わりを通
して彼は変 わりました。私たちの人生は出会いで決まるとよく言われます。非常に愛する人、非常に尊敬する人との出会いによ って人生は変わります。ヘレン・ケラーはサリバン先生との出会いによって人生が変わりました。相撲力士の千代大海も、ずいぶん不良だったようですが、相撲の師匠との出会いで人生が変わりました。しかし、私たちは主イエス・
キリストと出会うときに永遠に続く変化を経験するのです。2コリント5章17節にこのような言葉があります。「だれでもキリストにあるなら、その人は新しく創られた者です。古いものが過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 3度もイエスを知らないと言ったペテロを許し、深く愛し、ペテロに大きな期待をかけられた主は、あなたの弱さや失敗をも許し、なおも深く愛し、大きな期待をかけておられます。このキリストの愛を受け、キリストの期
待に答えていく人生を歩んで行きましょう。
ページのTOP (上記の文章を許可なく他に転載することを禁止します。)
|