礼拝めっせーじ
礼拝説教04/16|礼拝メッセージ集聖日礼拝


礼拝説教 2000-04-16『十字架で完了した業』 (ヨハネ19章25-30)

  今日は、教会のカレンダーでは「しゅろの日曜日」と呼ばれます。主イエスが十字架にかかる週の最初の日、つまり イースターの直前の日曜日に、主は最後にエルサレムの街に入られました。主はロバに乗ってエルサレムの街に入ら れたのですが、そのとき、大勢の人々が手に「しゅろの葉」をもって「ダビデの子にむかってホサナ」と叫びながら 主イエス・キリストを歓迎しました。そこから「しゅろの日曜日」と言われるのです。主イエスは「救い主」と呼ば れるお方です。神の御子です。そのお方がロバに乗っておられる姿は不思議な姿です。当時はすでにイスラエルにも たくさんの馬がいました。ですから、王様や地位の高い人は馬に乗りました。ところが主イエスはロバに乗られたの です。これは旧約聖書の預言の成就です。ゼカリヤ書という預言書にはロバに乗って、しかも荷運びロバの子に乗っ て」と書かれています。ロバは何よりも苦しみを象徴しているように思います。また、馬は軍事用に使われましたが ロバは平和な時に用いられました。主イエスは「平和の君」とも呼ばれています。十字架の苦しみを通 して人々に本 当の平和を与えるということを、この姿は教えているのではないでしょうか。

  十字架は教会のシンボルです。アメリカや韓国に行くと、あちらこちらに十字架のついた建物が見えます。見知らぬ 場所で十字架を見ると、何か安心したりうれしくなったりします。「ああ、ここにも同じ主イエス・キリストを礼拝 している人々がいるのだな」と思うからです。ところが、実際には十字架とは恐ろしい死刑の道具でした。十字架は もともとペルシャの国の死刑の方法でした。彼らは、地面は聖なるものだと考えていたので、罪人の死体が地面 に触 れることがないように、罪人は十字架に釘付けされてほったらかしにされました。そして、最後はカラスやハゲタカ に食べられたそうです。ローマ帝国でも死刑は行われましたが、ローマ市民が十字架刑で死ぬ ことはありませんでし た。ですから、外国人、しかも奴隷だけが十字架にかけられたのでした。私たちの主イエスが死んだのはそのような 恐ろしい刑罰だったのです。

  主イエスはローマの総督ピラトによって十字架の刑に定められました。彼は主イエスに罪がないことを知っていなが ら、興奮したユダヤ人の群集が暴動を起こすのではないかと恐れて、ユダヤ人の願い通 りイエスを十字架にかけるこ とを認めました。まず主イエスは鞭をうたれました。その鞭の革には鉛の玉 がついていました。ですから、背中は裂 け、その傷口が炎症を起こして、気が狂うような痛みを覚えておられたことでしょう。主イエスは私たちと同じ体を 持っておられましたから、肉体的苦痛は限界状態だったはずです。しかも主はご自分で十字架を背負ってゴルゴタと 呼ばれた場所へ向われました。当時は十字架は呪いのシンボルですから、十字架の処刑は街の外で行われました。エ ルサレム市の城壁の外まで十字架の木の一本をかついで歩かれました。主が通 られた道は「ビア・ドロローサ」(ラ テン語で悲しみの道という意味です。)と呼ばれて今もエルサレムの旧市街に残っています。細い坂道です。主は、 途中で倒れます。肉体的な苦痛が限界に来ていたのでしょう。十字架はクレネというアフリカの地方からエルサレム に来ていたシモンと言う名前の男によって運ばれることになります。

  ゴルゴタとは「どくろ」という意味です。昔から処刑に使われていた場所だったのでしょう。そこに到着すると、主 は裸にされて地面に置かれた十字架の上に寝かされて、両手の手首よりもすこし上の部分と両足に太いくぎが打ち込 まれました。それが終わるとロープで十字架を起こし、前もって掘ってあった穴に垂直に落とされたのです。金曜日 の朝九時のことです。この後、主イエスは強烈な日差しを受けて、激しい痛みと耐えられないような喉の渇きに苦し みながら、十字架上にぶらさがって、群集の笑い者になりました。主は、このような想像を絶するような苦しみと痛 みの中で7つの言葉を言われました。その最初の言葉は「父よ、彼らをお許しください。彼らは自分で何をしている のか分からないでいるのです。」という言葉でした。苦しみの中で、主イエスは、自分を十字架にかけた者たちのこ とを赦して欲しいと父なる神に祈られました。この言葉はルカの福音書に記されています。また、今日読みました箇 所では、主イエスは「肉の母マリヤ」に対する配慮を示しておられます。十字架のそばにはイエスの母マリヤ、母の 姉妹、クロパの妻マリヤ、そしてマグダラのマリヤと4人の女性が立っていました。また、イエスの母マリヤのそばに は「愛する弟子」が立っていました。これはこの福音書を書いたヨハネです。しかも、別 の福音書を見ると「(イエ スの)母の姉妹」と書かれている女性はサロメと言う名前で、弟子ヨハネの母であることがわかります。つまり、主 イエスと弟子ヨハネは従兄弟の関係にあったのです。主が激しい苦痛の中で三番目に言われた言葉は、弟子ヨハネす なわち従兄弟ヨハネに「自分の母マリヤのことをよろしく頼む」と言われました。本当ならマリヤの子供に頼むべき なのでしょうが、その頃はまだクリスチャンになっていなかったのかも知れません。いずれにせよ、主イエスは苦痛 の中でも自分の肉親に対する配慮をしておられます。主は最後まで、自分の敵を呪うことをせず、人々に愛と赦しを 与えつづけられました。

  そしてしばらくすると、主は5番目の言葉として「私は渇くと言われました。」鞭の傷の炎症やくぎの傷の炎症で高熱 が出た主イエスの口はからからに渇いていました。その時、そばにいたローマの兵士が海面 に酸いぶどう酒を含ませ てそれをイエスの口元に差し出しました。マルコの福音書15章23節に書かれている「彼らは没薬を混ぜたぶどう酒を イエスに与えようとしたが、イエスはお飲みにならなかった。」という出来事とは別 です。没薬が混ぜたぶどう酒は 、ローマ帝国の憐れみで、十字架の刑を受ける人間の痛みを少しでも和らげるために麻酔の代わりに差し出していた のです。しかし、主イエスはすべての肉体の苦しみを味わうためにそれをお飲みにはなりませんでした。しかし、今 、肉体の死を遂げる直前に、主の喉は渇ききっていました。そのために言葉も言えないような状態だったのでしょう 。そこでスポンジに吸わせたぶどう酒を一滴飲まれると主イエスは「完了した」と言われました。この言葉はヨハネ の福音書だけに記されている言葉です。別の福音書を見ると「イエスが大声で叫んで息をひきとった」と書かれてい ます。ですから、主は、最後に大きな声で「すべてが終わった」と宣言されました。これは、自分の運命に絶望して 「すべてが終わった」と言われたのではありません。自分の十字架の務めをすべて完了したと終了宣言されたのです 。敗北の言葉ではなく勝利の言葉でした。イエスの闘いは終わりました。

 ところで、このイエスの闘い、イエスの勝利は何に対するものだったのでしょうか。主は十字架で、何の業を完了 されたのでしょうか。第1ペテロ2章24節にこう書かれています。「自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負 われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、 いやされたのです。」聖書は、イエスの十字架は罪に対する闘いが完了したと教えています。イエスの十字架の死の 意味を理解するためには、私たちは、まず、自分を見つめなければなりません。聖書は、神の目に正しいと言える人 間は一人もいないと断言しています。この世は罪人の世界です。罪の大きさには多少の差があるでしょう。ですから 、私たちは、保険金殺人の事件や、幼児殺害などの事件を聞くと、犯人は何とひどい人間なんだと怒りを感じます。 けれども、良く考えてみてください。私たちも何かの出来事によって誰かに憎しみを感じたら、人殺しだってやりか ねない、その可能性を十分に持っているのです。聖書は、そのような罪の原因は神から離れて生きていることにある と教えています。

  この罪は私たちの人生に様々な問題を引き起こします。まず第一に、罪による堕落です。マルコの福音書7章20−23 節に罪のリストがあります。「人からでるもの、これが人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出てくる ものは悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであ り、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」神から離れている人間は、みな、心の中に罪のもとを持 っていますが、それが表に出てくるときに様々形になって現われるのです。このようなものを一つでも持っており、 また一度でもそれを抱いた人は神の前でその罪を問われます。私たちの免許証は一度でも違反を犯してしまうと、も う無事故無違反とは見なされません。たった一度の軽い違反でも、もう優良ドライバーではありません。私たちの心 もたった一つの罪でも、汚れてしまうのです。次に、ヨハネの福音書8章24節には「罪を行っている者はみな、つみ の奴隷です。」と書かれています。麻薬を吸うと止められなくなります。麻薬患者、常習者になってしまします。罪 も同じです。自分でやめようと思ってやめられない。自分ではやりたくないのにやってしまう。これが罪の奴隷状態 です。誰もがこの状態にはまっています。第三に、聖書の中に「罪から来る報酬は死です。」という言葉もあります 。残虐な事件があると、私たちは犯人が逮捕され、処罰されることを願います。それは、神の形に造られた人間には 共通する善悪の基準というものが心の中にあるからです。ですから、人が何かひどいことをすると「そんなことは赦 されない」「罰を加えなければならない」と感じるのです。しかし、罰せられなければいけないのは他人だけではあ りません。自分自身も同じなのです。実は、私たちも罪の罰を受けなければならないような者なのです。

  私たちの心を何となく不安にさせているもの、どことなく満たされない気持ちを与えるもの、それは実は心の中の解 決されていない罪が原因だと聖書は教えています。有名な心理学者たちは、そのような状況を捉えて、ある者は「人 間は愛に飢え渇いている」と言い、またある者は「人は安心感を求めている」と言い、ある人は「人間は生きる意味 を求めている」と言います。そのように偉い学者たちはいろいろ大切なことを言うのですが、その解決方法を教えて くれません。しかし、主イエスは違います。主イエスは「重荷を持っている人、疲れている人は私のところに来なさ い」と言われました。また主イエスは「渇いている者は私から飲みなさい。」と言いました。また、ある時は「わた しはいのちのパンである。」と言われましたが、その意味は、もしあなたの心が飢え渇いているなら、私があなたの 飢え渇きを満たしてあげる。」と言われました。イエスは、わたしの所へ来なさいと言いつづけられました。私にと ころにくれば解決があると言いつづけられたのです。なぜ、そのように言うことができたのでしょうか。それは主が 十字架の上で私たちの罪を全部背負ってその刑罰をすべて受けてくださったからです。もうすべて処分されたから、 私たちは、罪のさばきからも罪の呪いからも解放されているのです。それは、思いがけず、主イエス・キリストに捧 げられた心からのプレゼントなのです。自分を犠牲にしたプレゼントでした。

  このイエスの働きに似たことをした一人の人物がいます。1941年7月31日のアウシュビッツ強制収容所で一人の囚人 が脱走しました。その報復として、ドイツ軍は10人の処刑を要求しました。その処刑方法は10人を特別 に作られたコ ンクリートの箱の中に裸で閉じ込めてゆっくりと空腹の苦しみを味あわせて最後に生き埋めにするという恐ろしい刑 でした。

 ドイツ軍の指揮官が10人を一人一人選んで行きました。一人の若者が選ばれたとき、彼は泣き叫びました。「私には 妻がいる。幼い子どもがいる。」するとその時、さえないかっこうの男が前に進み出て言いました。「私はカトリッ クの神父です。私をその方の代わりに選んでください。私は年老いているし、神父なので家族はいませんから。」そ の人は日本にも滞在したことのあるコルベ神父でした。彼の申し出は許可されました。 その夜10人はコンクリートの部屋に裸で入れられました。普通は、お互いの肉を食い合う恐ろしい状態になるのです が、今回は違いました。彼らは力が続く限り、床に転がって讃美歌を歌ったたり祈りを捧げました。2週間が過ぎても まだコルベ神父を含めて4人が生き残っていました。その部屋が別の処刑のために必要になったので、4人は毒を注射 されて、死にました。コルベ神父は47才でした。1991年の10月にコルベ神父を記念して大きな集会が開かれ、15万 人の人が集まりましたが、その中に、彼によっていのちを助けてもらった男とその妻、子どもたちもいたそうです。 ローマ法王はその集会の中で、「コルベ神父の死は、人間の憎しみに打ち勝つ、まさに、主イエス・キリストが勝ち 取られた勝利に匹敵するものだ。」と言われました。

  主イエスは、コルベ神父の死よりも遥かに意味深いものです。主イエスは、一人の人間のためではなく、全世界のす べての人のために、あの苦しみを身代わりとなって受けてくださったからです。あなたの罪を完全に処分するために 十字架に進んで掛かられました。そしてその業を完了して、今は天の栄光の場所におられるのです。あなたも、主イ エスの招きに応じて、主を信じ受け入れて見ませんか。

ページのTOP (上記の文章を許可なく他に転載することを禁止します。)