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今週の礼拝めっせーじ
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| 礼拝説教09/17|礼拝メッセージ集|聖日礼拝| |
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礼拝説教
2000-09-17『信仰による老後の祝福』(ヨシュア記14章6-15節) イエス様も、ある時に、そのような言葉を言われたことがありました 。弟子たちが漁にでかけて一晩中働きましたが魚一匹取ることが出来ませんでした。彼らはがっかりしてひどい疲れを感じながら網を洗っていました。そこに現れた主イエスは、彼らに向かって「沖へ漕ぎ出して、網を下ろしなさい 。」 と言われました。小さい時から漁に出ていた弟子たちが夜通し働いて魚が取れなかったのに、その翌朝、漁をしたこ とがない主イエスが「網を下ろせ」と言われたのです。弟子たちには迷惑な、反発したくなるような言葉であったに違いありません。しかし、弟子の一人ペテロは言いました。「主よ。あなたが言われるのですから、網を下ろして見ましょう。」ペテロが主イエスの言葉に従った時、網が破れそうになるほどの魚が獲れました。 ヨシュアは年老いていました。人は年を取ってくるとだんだん昔のことを思い出したり、なつかしんだりします。 子供の頃過ごした家が見たいと思います。私自身、今から40年前に3年半過ごした山口県の防府市という場所を見てみたいという思いが浮かんできます。人は年を重ねるにつれて過去を見る、うしろを向きがちになります。しかし、聖書は言います。人は聖霊を受けると「老人たちは夢を見る」と。つまり主イエス・キリストを信じて、神の言葉に従って生きる時、私たちはいつも前を向いて生きることができるのです。まだまだ神様のためにするべきことがたくさんあるのです。本田弘慈先生も88歳になってもまだ、神様のために捕らえるべき魂がたくさんあるのだと、今でもあちこちに出かけてメッセージを語っておられます。私たちの信仰生活において、神様からすでに多くの祝福を受け、 恵みを受けました。しかし、神様は言われています。「もっと祝福を受け取りなさい。」「もっと恵みを受けなさい 。」「もっと夢を見なさい。」今日は、ヨシュアの古い友人であるカレブという人物を通 して、年老いても前向きに生きる秘訣を学びたいと思います。 1.カレブとはどんな人物か しかし、イスラエルの民はカレブの言葉を聞かず10人の言葉を信じて、ヨシュアとカレブを殺そうとしました。その 時、神様のさばきが下りました。イスラエルの民は神の言葉を信じないで、人間の目で見て感じた言葉を信じ、神の計画に従わなかったからでした。このできごとの後、その素晴らしい土地はすぐ近くにありながら40年間も砂漠をさまようことになりました。この40年の間に、エジプトを出てきた人々はヨシュアとカレブを除いてみな途中の砂漠で死んでしまったのです。ただ二人だけが実際に約束の国パレスチナに入ることが許されました。それは二人だけが神様の言葉を信頼し、信仰を貫いたからです。 2.カレブの強さの秘密 カレブはヨシュアの所に何をしに来たかというと、「分け前の領地をくれ」と要求をしに来たのです。一つ前の章 、13章を見ると、約束の土地が次々に12部族に割り当てられているのが分かります。彼の部族のユダ族の順番が来たのですが、彼は神様から特別 の約束をもらっていました。(民14:24)自分にとってどんなに不利な状況の中でも神様を信頼しつづけたことに対する神様のご褒美でした。それで、彼は現在ヘブロンと呼ばれる土地を要求しました。 12節を見ると、当時、その町には「アナク人」が住んでいました。このアナク人も背の高い民族でした。しかもその地域に大きな城壁のある町を建てていました。攻め取るには本当に困難な地で会ったことが分かります。85才になっ たカレブは今なお闘う力があると確信していました。しかし、85才ですから気力はみなぎっていても、肉体は45年前と 同じと言う訳にはいきません。しかし、彼の言葉は年寄りの強がりだったのではありません。彼は12節で言っていま す。「主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことができるでしょう。」つま り、カレブは、今も生きて働いておられる神様が一緒だから何も恐れることはないと言っているのです。天地を造ら れた神、全能の神が一緒におられるなら、自分が年老いていることなんて何も問題じゃないと彼は考えていました。 ある牧師がこう言っています。『「100(人の力)+無限(神の力)」も「1(人の力+無限(神の力)」もその答えは同じである。』これが神を信じる者の力なのです。 3)人々に祝福を与えるカレブ 自分の生活の安定をはかるために、必死になって生きる人が多い時代です。しかし、この世の成功や財産だけでは どうすることもできない問題も人生にはたくさんあります。例えば、死の問題もそうです。カレブの人生は人々に祝 福を与えることの出来る人生でした。神を信頼しつづけて生きぬいたカレブこそ人生の本当の勝利者であると思いま す。彼はすべての力を神に求めて生き抜いたからです。パウロの人生も苦難の連続の人生でした。肉体的にも精神的 にも耐えがたいような人生を生きました。しかし、パウロによって信仰に導かれた人の数は数えることが出来ないほどです。パウロは自分の人生を終わろうとする時に、自分の弟子であったテモテにこう言いました。「私は勇敢に闘 い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです 。」私たちも、カレブのように神の力を信じて生きる時、自分の中にはない力が与えられ、困難を乗り越え、それだけではなく、回りの人々にも祝福を分け与えることのできる人となるのです。私たちも、一度しかない人生です。このカレブの生き方にならいたいと思います。 ページのTOP (上記の文章を許可なく他に転載することを禁止します。) |