|
2002礼拝めっせーじ
|
礼拝説教
2002-05-19『聖霊の時代』(使徒2章14−21節) (イントロ)
(1)聖霊が注がれる
は、本来は天と地のすべての栄光を持っておられる神でしたが、私たちに神がどういう方であるかを理解できるようにと、私たちと同じ姿を取って、この世に来て3年間神のメッセージを語り、いろいろな奇跡の業を行ないました。しかし、主は十字架にかかり三日目に復活され、そしてそれから40日後に父なる神がおられる天に帰られました。弟子たちとともに120人のクリスチャンが残ったのですが、その彼らに主イエスが約束していた助け主、聖霊が下りました。聖霊が初めてこの世に現れた時は特別な現象が起こりました。ものすごい音がしました。聖書には「天から激しい風が吹いてくるような音」だったと書いてあります。また、炎のような舌が分かれて、彼らに現れ、ひとりひとりのうえにとどまりました。このようにして聖霊が主イエスの弟子たちに下ったとき、一人一人が聖霊に満たされて、突然、外国の言葉で話し始めました。ペンテコステの祭りに参加するためにローマ帝国の各地から熱心なユダヤ教の人々がエルサレムに来ていたのです。彼らはユダヤ人ですが、ヘブル語を話すことはできず、自分たちが住んでいる国の言葉を話していました。彼らは、イエスの弟子たちが突然いろいろな国の言葉で話し始めるのを見てびっくりしました。自分の国の言葉話しているからです。創世記の時代に、人々は神に反逆しました。自分たちの力で天の神に近づくために高い塔、バベルの塔を建て始めましたが、神の裁きを受けて、言葉が混乱し、互いに話ができなくなったのです。それ以来、世界には言葉の壁ができて一つにはなれず、むしろ争いを続けて来ました。人間は、何とか自分の力で一つになろうとしたのですが、できませんでした。しかし、ペンテコステの日に聖霊が下って、弟子たちがいろいろな国の言葉で話し始めたので、そこに集まっていた人たちは、言葉が違っても、皆、弟子たちの話を理解することができました。これは象徴的な出来事だと言えます。一つには、世界や、そこに住む人々は互いに対立していますが、神の力が働く時には言葉の壁を超えて一つになることができるということです。もう一つは、主イエスの弟子たちの使命は、全世界のあらゆる国民に対して、イエス・キリストの良い知らせをその国の言葉で語ると言うこと暗示しています。ところが、周りにいた人々中には、びっくりして、「あの人たちは酒を飲んで酔っぱらっているのだ」と弟子たちを非難する人々が現れました。そこで、主イエスの弟子の一人ペテロが、間違った非難をする人たちに説明をするため、立ち上がって説教を始めたのです。 (2)ペンテコステのメッセージ
は、ペンテコステの日に起きた出来事は旧約聖書に預言されていたことだと説明しました。ペテロは旧約聖書の中のヨエルという預言者が800年前に預言した言葉を引用しました。「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。その日、わたしは、しもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。」(2章28-29節)ここで、ヨエルは「その後」と言っていますが、預言者である彼は、後の日に、旧約の時代とは違った時代が来ることを見ていました。旧約の時代は神が、選ばれた特別の人々にだけメッセージや幻を与えていました。しかし、終わりの時代には、全ての人に神の霊が注がれることが約束されています。それは男性にも女性にも与えられ、若い人にも年老いた人にも与えられます。そして聖霊を受けた人々は神からメッセージを受け、また幻、ビジョンを受けると書かれています。この預言のことを主イエスは十字架にかかる前に弟子たちに約束されました。助け主が与えられることを約束されました。主イエスは、その助け主が聖霊であり、聖霊が私たちのために様々な助けを与えると言われました。ヨハネの福音書14章で次のように言っておられます。「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」私たちは、この世界で物質的な考え方で生きていますので、なかなか霊的なことを理解することができません。すべては科学が説明すると考えているからです。ところが、科学は、何かが起きるその現象を説明することができても、その現象にはどんな意味があるのかということは教えてくれません。どんなに科学が発達しても、私たちの心の悩みが消えることがないのはそのためです。科学は人間の体の仕組み、どのように生まれ、どのように成長し、どのように年を取り、死を迎えるのかという説明はできます。しかし、人がなぜ生きているのか、生きる意味は何かという問題には答えることができません。しかし、聖霊は、私たちに必要なことを教え、また、主イエスが語られた言葉の意味をはっきりと理解できるように導いてくれます。私たちが本当に知らなければならない問題の答えを教えてくれるのです。
聖霊の時代と言われています。主イエスを信じるすべての人に、聖霊が注がれるのです。クリスチャンは決して一人で生きているのではありません。主イエス・キリストが聖霊という目に見えない姿で私たちとともに歩んでくださいます。生きる意味を教えてくださり、どのように生きるべきかを教えてくださる助け主であり、私たちが助けを必要とするときに、すぐそばに来て助けを与えてくださる助け主です。
礼拝に、清水正江さんが来ておられます。数年前に天に召された清水竹一郎さんの奥様です。先週、正江さんからとてもうれしい手紙をいただきました。洗礼を受ける決心をしましたというお手紙でしたが、正江さんが洗礼を受ける決断をされたのは、ご主人である竹一郎さんが、病気で入院をしておられるとき、死を目前に迎えていても、いつも平安で過ごしていた姿にとても感動したからだということでした。竹一郎さんはなぜ、死を迎えた時も、あのように平安でいることができたのでしょうか。科学の力でしょうか。いいえ、違います。聖霊が竹一郎さんに、死ぬことは人生の終わりでも敗北でもなく、永遠の希望に向かう勝利の時であることをはっきりと教えていたからです。あなたにも助け主が与えられています。
ページのTOP (上記の文章を許可なく他に転載することを禁止します。) |