2002礼拝めっせーじ

礼拝説教12/01|メッセージ2002メッセージ2001メッセージ2000


礼拝説教 2002-12-01『救い主が生まれる』(ルカ1章26-36節)
(イントロ)

今日から
教会のカレンダーではアドベントといって主イエスキリストの誕生を祝うクリスマスを迎える準備期間に入ります。今年のクリスマス礼拝は22日です。アメリカでは11月末の感謝祭りを終わるとクリスマスセールが始まり、各家庭はクリスマスの飾り付けを始めます。私が留学していた時に住んでいた田舎町でも、各家庭が家の窓に様々な飾りを付けていて、夜そばを通ると本当にうつくしかったのを覚えています。日本でもお店にはクリスマスの飾り付けが始まりました。そのように、私たちはクリスマスの準備をしていますが、アドベントの本当の意味は、私たちが主イエスのお誕生を待ちながら心の準備をしましょうということです。私たちは、ただ楽しいクリスマスを過ごすというだけでは不十分です。神であるお方が人となってこの世にお生まれになった出来事であるクリスマスの意味を十分に考えながらこれから4週間を過ごすことが大切だと思います。今日はクリスマスメッセージの第一回目、天使ガブリエルがマリヤにイエス・キリストの誕生を告げる出来事を取り上げます。
(1) おめでとう、恵まれた方(28―30節)
イスラエル
の北部にあるナザレという村にマリヤという娘が住んでいました。ナザレはユダヤ人の生活と信仰の中心地であったエルサレムからは遠く離れたところにある寂しい村でした。そこに住むマリヤは大工をしているヨセフという男と婚約をしていました。当時の習慣では、まだ二人が若い間に親同士の話し合いで結婚が決められ、婚約をしていました。ですから、マリヤは14才か15才ぐらいだったと考えられています。マリヤは貧しい家庭に生まれ、字を読むこともできないような娘でしたが、彼女は夢にあふれていました。1年間の婚約期間が終わるとマリヤはヨセフと正式に結婚し、二人で新しい家庭生活を始めます。その日を彼女は指折り数えながら待っていたのです。彼女にとって本当に幸せな日々でした。そのマリヤに、突然、天の使いが現れました。そしてマリヤに向かって言いました。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。」御使いガブリエルはマリヤに向かって「あなたは恵まれた方です」と言いました。

(2)誰にも知られることなく生まれた救い主
マリヤ
はまだ10代の若い娘です。特別に神様のために働く女預言者でもないし、神殿で働く者でもありません。しかし、神様はこのマリヤを特別に恵まれた女性として選んだのです。天から神によって遣わされた御使いがマリヤの所へ着たことは本当に不思議なことです。イメージを描いてみてください。御使いが天の神様の所を出発してこの地球にやってきました。その御使いが豪華な神殿があったエルサレムには行かずに、ずっと北のガリラヤ地方にあった小さな村ナザレに来ました。しかも、ナザレ村に入った後、御使いは会堂や祭司の家には行かずに、この幼いマリヤの所へ来たのです。その村に住む人は誰も神様がまだ若いマリヤを大きな働きのために選ぶことなど想像もできませんでした。私たちが人を見るときに、その人の外側にあるもの、例えば、体の大きさ、顔の美しさ、頭の良さ、服装、財産、仕事、そのようなもので、その人の価値を判断します。しかし、神様の選びの基準は私たちの基準とは全く異なるのです。あなたは、自分には能力もないし、経験もないし、知識もないから神様のためには何もできないと考えていますか。それは間違っています。神様は自分の弱さを知っている人を選ばれるのです。

主イエス
は、人々に語ったメッセージの中で「本当の幸い」について語られました。主イエスは、8つの幸いについて語られたのですが、第一の幸いは「心の貧しい人」であると言われました。ユダヤ人の言葉、ヘブル語では「貧しい人」という言葉には、「社会的な地位も力もないのでひたすら神により頼む人」という意味があります。旧約聖書の詩篇にはたびたび「貧しい人」という言葉が遣われています。例えば、「神は貧しい者を助け出される方」(35篇10節)とか「神は貧しい者の訴えを弁護される」(72篇4節)などです。ですから「心の貧しい人はさいわいです」と言う言葉は「自分が無力であることを知って、心から神により頼む人は幸いです」という意味になります。この「幸い」という言葉は「神様の祝福に満ちあふれる」という意味です。「幸せ」を意味する英語はhappinessですが、これは元々happeningと関係のある言葉です。Happeningとは、たまたまそのような状態であるということです。ですから、happinessというのは、「たまたま仕事がうまく行っているから幸せだ」とか「たまたま病気をせず健康なので幸せだ」「たまたま欲しいものを買うことができたから幸せだ」いう考え方です。しかし、そのようなたまたま恵まれた状態はいつまでも続くことはありません。ですから、その幸せというのはすぐに私たちの手から逃げてしまいます。しかし、イエス様が言われた「幸い」は、どんな状態の中にいても、神様の祝福があるという幸いです。神様だけが私たちに与えることのできる安心感であり、将来に向かって変わることの無い希望です。御使いはマリヤに「主があなたとともにおられる」と言いました。マリヤは突然の出来事に恐れを感じ、これから自分に何が起きるのか分かりませんでした。しかし、全能の力を持っておられる神様がいっしょにいてくださるということが、マリヤの心に平安を与えました。本当に恵まれた人生とは、マリヤのように、自分に頼るのではなく、全能者であり、私たちを愛してくださる神様により頼む人生です。

(2) あなたは、男の子を産みます。
続いて
御使いはマリヤに言いました。「あなたはみごもって男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。」御使いからマリヤが聞いた最初の言葉は子どもが生まれるという知らせでした。しかも、その子どもは「いと高き方の子」つまり「神の子」だと言う知らせです。マリヤは幼い頃からイスラエルの神様を信じていました。そして、聖書の中に、やがて救い主がこの世に来られるという預言があることも教わっていました。しかし、マリヤは結婚もしていない自分がどうして男の子を産むのか理解できませんでした。それで御使いに尋ねました。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」このマリヤの質問には彼女の信仰が表れていると思います。彼女は御使いから、自分が神の子を産むというお告げを聞いた時に、まったく御使いの言葉を信じないで「そんな馬鹿なことが起こるはずがないでしょう。いい加減にしてください。早く、私の前から姿を消してください。」とは言わなかったのです。彼女はクリスチャンの模範だと思います。マリヤは救い主が生まれるのだという御使いのお告げを信じました。ただ、どんな方法でそれが実現するのか彼女の頭では理解できなかったのです。そこで御使いは答えました。「聖霊があなたのうえに臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。」御使いガブリエルは、マリヤが男の子を産むのは人間の行いによるのではなく、聖霊なる神の力によるものだと言いました。聖書の神は、天と地、この宇宙の中にあるすべてのものを何もないところから創り出された神です。創世記の1章2節には次のように書かれています。「やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」まだ神が何も創り出していない時、神の霊が水の上を動いていた。水の上を覆っていたと書かれています。そのような状態の中で、神は、この天と地にあるすべてのものを創り出しました。神の霊にはそのような無からあらゆるものを創り出す力があるのです。トマス・アキナスというカトリックの神学者はこう言いました。「キリストが私たちとまったく同じ肉体を持つためにキリストは女から生まれた。しかし、キリストが100%神であるために、キリストは処女から生まれた。」キリストは、すべての点で私たちと同じ者となるために、マリヤの胎内に宿りました。しかし、それは人間的な方法で宿ったいのちではなく、天から働いた神の霊の働きによって生まれたいのちです。肉眼では見えない神の霊が、ただ一度、力強く、一瞬働いたことによって、マリヤの胎内に救い主イエス・キリストのいのちが宿ったのです。主イエス・キリストは、私たちとまったく同じように女から生まれましたが、真の神でありまったく罪を知らない方として生まれました。私たち人間、母から生まれて来る者はすべて罪を持って生まれてきます。それは、最初の人間アダムとエバが神に逆らったため、その罪のDNAが子孫代々伝わって行くからです。どんなにかわいい赤ちゃんでも、人間の赤ちゃんは罪の性質、わがままな心を持って生まれて来ます。それが人間の現実です。しかし、聖霊の働きによって宿った救い主イエス・キリストはまったく罪の無い方として生まれたのです。

この神
の霊の力は、今の私たちに希望を与える力です。聖書の中に次のような言葉があります。「誰でもキリストを信じるなら、その人は新しく造られた人です。古いものは過ぎ去って、見よ。すべてが新しくなりました。」私たちは、自分の力で生まれ変わることはできません。しかし、私たちは、主イエス・キリストを救い主と信じる時に、マリヤに働いた神の霊と同じ神の霊が私たちのうえに働くのです。神の霊は、悲しむ者を慰め、悲しみの代わりに喜びをあたえ、悩む心に賛美を与える力があるのです。あなたが、今、どれほど、深い悲しみや悩みの中にいるとしても、マリヤに働いた神の霊は、あなたにも働いて、まったく新しいいのち、全く新しい人生を創り出してくださるのです。御使いガブリエルが37節で言っているように、「神にとって不可能なことは一つもありません。」

(3) あなたのお言葉どおりこの身になりますように(38節)
御使い
ガブリエルがまだ10代のマリヤに告げた知らせは非常に重い知らせでした。婚約中の女性が妊娠することは当時の社会では赦されないことでした。何よりも、マリヤが心から愛し信頼していた婚約者のヨセフはどう思うでしょうか。狭いナザレの村で、人々はマリヤにどんな言葉、どんな視線を浴びせるのでしょうか。御使いはマリヤに「恵まれた方」と言いましたが、マリヤを取り巻く現実は決して生やさしいものではありません。彼女を待っているのは悲しみと苦しみであることは明らかです。しかし、マリヤは答えました。「あなたのお言葉どおりこの身になりますように」神様がすべての人が罪の裁きと罪の支配から解放されるために救い主を送ることを計画されました。しかし、救い主は神の栄光を帯びてこの世に来るのではありません。輝く光の中で大きなラッパの音とともに来るのでもありません。救い主は一人の女、マリヤの体を通して、おなかをすかして大声で泣く幼子として来られるのです。御使いの言葉は、「マリヤ、あなたは、この神の計画が実現するために、自分自身をささげる意志がありますか。」と尋ねているのです。すべての人間の永遠の救いが、一人の女性の決断にかかっていました。彼女はためらわずに答えました。「はい。あなたのみこころのままに行ってください。」マリヤは、御使いから受けたチャレンジに対して完全な従順と信仰をもって答えました。彼女が「恵まれた方。神から恵みを受けた。」と言われた理由は彼女の従順と信仰にあったのです。
 私たちは、このマリヤから習わなければなりません。マリヤのように謙遜な、心の貧しい人、つまり、自分の無力を知って純粋に神に信頼する心を養いましょう。そして、神の力を信じる心を持ちましょう。神にとって不可能なことは一つもありません。このことを知る時、私たちはどんな状況の中でも心を平安にして生きることができます。そして、マリヤのように心から従う人になりましょう。神様は、大きな働きを行うために、あなたの「はい」という答えを必要としておられるのではないでしょうか。

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