受難週
〜主イエスの最後の一週間〜

土曜日 ベニヤ(エルサレムより北へ3キロ)に到着
(ヨハネ12:1)

日曜日 エルサレムへの勝利の入城
 この日を「棕櫚の聖日」(パーム・サンデー)といいます。この日イエスは、ろばに乗り、群衆はしゅろの枝(マカベウスの故事にならう軍事的勝利の象徴)を手にしながら、イエスを迎えました。群衆はユダヤを解放する王として期待したのですが、イエスは平和の王であることを示すために、軍馬ではなくろばに乗って入城したのです。
(マタイ21:5、ヨハネ12:13-15、イザヤ62:11、ゼカリヤ9:9、詩篇118:26の預言の成就)

月曜日 宮きよめ
 神殿の庭を商売に利用し、賄賂などによって利益をむさぼっていた大祭司に対し、聖なる怒りを表したイエスがそれらを追放し、宮をきよめました。
(マタイ21:12-17、ルカ19:45-48)

火曜日 宮における最後の一日
 この日、イエスは自分に敵対する者たちや民衆、弟子たちとの問答をし、とくにエルサレムの滅亡や終末についての説教や預言をしました。説教を終えたイエスは自分が二日後に捕らえられることを予告をしたのです。その頃、大祭司や長老たちはイエスを捕まえる策略を練っていました。
(マタイ21〜25章、マルコ12、13章、ルカ20、21章)

水曜日 ベニヤにおける一日
 重い皮膚病にかかったシモンの家にイエスが滞在しましたが、その時ベタニヤのマリヤはイエスの葬りの備えのため、御足に高価な香油を注ぎました。その一方でイスカリオテのユダは大祭司のもとを訪ね、イエスを裏切ったのです。
(マタイ26:6-13、マルコ14:3-9、ヨハネ12:2-8)

木曜日 夕方、最後の晩餐
 この晩餐はイエスの死の前夜に行われました。伝承では、マルコの母マリヤの家の二階座敷であったと言われています。ユダヤでは過越の祭りの前夜、かつての主エジプトを記念し、また、過越の子羊到来を待望して過越の晩餐を行ってきました。今や、イエス自身が、子羊となる日が来たのです。
 イエスは最後の晩餐の中で、17世紀間続いた旧約時代の晩餐に終わりを告げ、主の死を記念し、主の再臨まで続けるようにと、新しい「主の晩餐」を制定しました。これが、今日まで守られている教会の聖餐式です。
(マタイ26:17-29、マルコ14:12-25、ルカ22:7-38、ヨハネ13、14章)

    夜、ゲッセマネの園での祈り
 晩餐の後イエスは夜は8時から9時頃ケデロンの谷とオリーブ山のふもととの間にあるゲッセマネの園に行きました。そこで、イエスは「父よ、この杯を取りたまえ、されど御意のままを成したまえ」と祈りをささげたのです。
(マタイ26:30、36-46、マルコ14:26、32-42、ルカ22:39-46、ヨハネ18:1)

    逮捕と連行
 イエスは捕らえられ、アンナス(引退祭司・カヤパの舅)と大祭司カヤパのもとに連行されました。
(マタイ26:47-56、マルコ14:43-52、ルカ22:47-53、ヨハネ18:2-12 ユダの裏切りはゼカリヤ11:2、13の預言の成就)

金曜日 夜明け前、ペテロは主を否定
 大祭司邸の中庭までイエスに付いてきたペテロは、弟子であることが分かりそうになると「わたしはその人を知らない」とイエスを三度も否定しました。一方、イエスを裏切ったは自殺しました。
(マタイ26:69-75、マルコ14:66-72)